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「一つのことを集中してやりなさい!」は本当か?!

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やりたいことも、好きなことも、一つのことを変更せずに一貫して続けることが良いとする教育を受けてきた。

その教育がぼくの中にまだ根強く残っていて、大きな足かせとなっている。

具体的には一度決めた目標に対して、途中で修正することに大きな抵抗があるのだ。

それが最近3歳になった息子を見ていたら、だんだんとその足かせが外れてきたような気がする。

興味関心の対象が変わることは悪いこと?!

ぼくが受けてきた教育

ぼくは子供の頃から、今となっても『好き』という対象がコロコロと変わる。

昨日まですごく興味のあったことが、今日になったら全然興味を持てなくなったということが多々ある。

小学生の時は海釣りに興味を持ったと思ったら、次はプラモデルに興味を持ち、その後犬に興味が移ったと思ったら、その次は魚の飼育に興味が移ったりと、とにかく色んなことが気になって仕方なかった。

そんなぼくに親や学校の先生が言ってきた言葉は「もっと一つのことに集中しなさい!」。

決して間違ってはいないとは思う。

一つのことにもっと集中してみたら、上辺だけの興味がもっと深い興味に変わることもあるだろう。

そして一つのことを極めるぐらいになれば、一つの才能につながるなんてこともあるだろう。

でもぼくの興味感心の対象は、親や先生に何と言われようが、次々と変わっていった。

でも心の中で、『興味関心の対象が変わることは悪いこと』という教育が深く根付いていた。

ぼくに似た息子

ぼくには今年の9月に3歳の誕生日を迎えた息子がいる。

息子の興味関心は、『機関車トーマス』→『アンパンマン』→新幹線→『シンカリオン』→ミニカー→『仮面ライダージオウ』と次々に変わっている。

「さすがおれの息子だ」なんて思いつつも、
・もっと一つのことをずっと好きでいた方が良いのではないか?
・一つのことを好きで居続けられないから悪い子なのか?
なんてつまらないことを考えてしまった。

それはつまり自分が受けてきた教育を、そのまま息子に教育するところだったのだ。

息子を見て思ったのは、『別に興味関心が次々と変わっても悪いことなんて何もない』ってこと。

興味関心が次々変わっても大丈夫

「一つのことに集中しなさい!」と言われてきたぼくは、一度決めた目標は変更せずにやり遂げなくてはいけないし、自分が言ったことを覆してはいけない。

それが途中で間違っていたとわかっても、「変更することは悪いこと」という教育を受けてきたぼくには、目標を途中で修正することに大きな抵抗があった。

正確には「変更することは悪いこと」なんて教育は受けていないのかもしれないが、子供の頃に受けた教育は、ぼくの中でそう解釈されている。

しかし自分の息子を見ると、興味感心の対象は次々と変わるが、一度好きになったことを嫌いにはなっていない。

ミニカーで遊んでいたと思ったら、たまに『機関車トーマス』でまた遊んでいたりもする。

「好きだと思っていたことが、実は好きではなかった」とか、「Aという目標を達成することが1番大切だと考えていたけど、少しやってみたらBという目標の方が大切だった」なんてことはよくある話なんだよね。

ミニカーで遊んでみたから、また『機関車トーマス』で遊んでみたくなった息子のように、Aという目標を少しやってみたから、Bという目標の大切がわかったりもするんだよ。

それはつまり「一つのことに集中する」だけでなく、色んなことをやってみるのも大切だってことなんだ。

まとめ

「一つのことを集中してやりなさい!」って親や学校の先生に言われてきた人はきっと多いんだと思う。

でもそれは人それぞれ。

一つのことに集中できる人もいれば、2つのことを同じように集中してやれる人もいる。

「親の言うことを聞きなさい!」と言われてきたぼくだけど、親になってみて何が正しいのかわからなくなって、結局のところ「やりたいようにやれば良い」ってとこで落ち着いた。

日本には日本独特の習慣、教育、美学なんてことが多々あるけど、息子にはどれも押し付けることなく、自分が良いと思ったことをやって欲しいなって思った。

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